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転職エージェントはぐきの、キャリア逆転ブログ

Fラン大から奇跡の大手WEB広告代理店に新卒入社。今はCreateA合同会社で転職エージェントやってます。日常のこと、就活のこと、キャリアを逆転するための方法などを書いていきます。

実家暮らしは総じて「価値のないクズ」

 勝手な持論で何も根拠が無いのだが、実家暮らしのやつで魅力的な人に出会ったことがない。うまく表現出来ないのだが、なんというか高校生くらいの思考から成長していない。うーん・・・これはちょっと違う気がするなぁ。「自分」を持っている人がいないのかな。「あぁ、この人の考えって浅いな」って思う人は大体実家暮らし。いや、本当に偏見でしかないのだけれど。僕がおかしいのかな?「私実家暮らしだけどめちゃくちゃ魅力あるよ!」って人がいたら是非会いたい。実家暮らしが嫌いな訳ではない。実家暮らしでも普段一緒にいてめちゃくちゃ面白い人はいる。ただ、考えに魅力を感じないので、一緒に銭湯とか行って何時間も語りたくはないというだけ。

 

僕が実家暮らしを「価値ないクズ」と表現する3つの理由

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↑今回のタイトルと全然関係ないです。いつもよくこれで誰にも怒られないよなと思う・・・。

1.誰かに依存している

 実家暮らしの人って考えが誰かに依存している人が多い。「家族のために」「友だちのために」とか、自分の人生の選択肢に誰かが介入している。よくあるのが、「将来家族の面倒を見ないといけないから、地元に帰って就職する」。これが一番嫌い。自分の事を犠牲にしてまで人に人生捧げなくても、お互いに得をする方法があるはずだ。介護の問題であったら、地元に帰らなくても東京で夢を追いかけて大金稼いで、老人ホームに親を預ける資金を貯めればいい。他にも、考えればお互いが納得する答えがあるはずだ。実家暮らしの「情」という言葉を利用して自分の甘えを正当化する考えが本当に嫌い。

 あとは「父親のようになりたい」。これも大嫌い。家族に依存していて、家族内の価値観でしか物事が測れない。だから「父親のようになりたい」なんて間抜けな事を言う。家族だって他人だ。その人の考えがあってその人の生き方がある。自立していれば、自分の生き方の延長線上に父親がいることなんてまずない。僕は父親を目標に置いたことはないし、追いつきたい追い越したいなんて思ったことがない。僕には僕の人生があるし、比べる事すらない。

 

2.自分の考えがない

 実家暮らしの人ほどどこかで聞いたような正論ばかり言う。それもそのはず、実家暮らしの人は「自分と向き合った時間」が圧倒的に少なすぎる。一人暮らしならば自然と自分と向き合う時間がたくさん作れる。会社・学校の時間以外はほとんどが「自分一人の時間」だ。この「自分一人の時間」が自分を成長させる。常に誰かと一緒にいれば、物事を考える時間が少ないし、家族の価値観に常に触れているため自分だけの価値観が育たない。

 

3.いつまでも「子供」から抜け出せていない

 これが一番の要因だと思う。実家暮らしだと人の下にいることに慣れてしまう。年末年始などに実家に帰省した際によく感じるのだが、子供が何歳になろうがどんなに社会に認められようが、親からしたら子供は子供でしかない。親は僕の事を未だに子供扱いをしてくるし、多分「自分より下」に見ている。対等の関係ではない。そうすると不思議なことに、自分も行動や発言がガキくさくなってしまう。子供を演じてしまう。アメリカかどっかの実験で、複数の人に看守と犯罪者の役割を与えて数日間生活してもらうと、看守は自分の事を看守と思い込み、犯罪者は自分の事を犯罪者と思い込むみたいな話があったけど、これと同様の事が家庭でも起こってしまう。これじゃあ一生親が自分の上に君臨し、親の考えの範囲でしか物事が考えられない。

 

さいごに

 僕の家族は不思議な関係で繋がっている。5人家族なのだが、5人が別々に暮らしている。多分みんな一人が大好きだし、各々が自分らしい人生を歩みたいと考えている。決して家族の仲が悪い訳ではない。集まればみんなで一日中喋るし、小さい頃もみんなリビングに集まって自分の部屋にいることはほとんどなかった。どちらかと言うと仲の良い家族だと思う。しかし、仲は良いが「距離感」というのをとても大事にしている。各々のプライベートには深入りしない。そんな暗黙のルールがあった。

 僕は何かに依存している考えなんかに価値はないと思っている。立派な事を言っていたって、それが自分で考え抜いたものでなければ魅力を感じない。ゴミみたいなやつがゴミみたいな事を言っていたって、その人が自分で考えて自分で出した答えであったら、オリジナリティに溢れとても魅力的なものとなるだろう。そんな「価値あるクズ」と僕は銭湯に行きたい。「価値のないクズ」と銭湯は行きたくない。