転職エージェントはぐきの、キャリア逆転ブログ

Fラン大から奇跡の大手WEB広告代理店に新卒入社。今はCreateA合同会社で転職エージェントやってます。日常のこと、就活のこと、キャリアを逆転するための方法などを書いていきます。

僕のクズ人生について語ろうと思う~小学校・中学校編~

 僕のブログの読者から、「クズについて色々語ってるけど、はぐき本人は本当にクズなの?」と質問を頂いたので、ちょっと僕の過去について語ろうと思う。自分で言うのもなんだが、僕の人生は本当にクズだと思う。と言うか「クズ」と呼ばれ続けてきたと思う。クズに花開くのは高校からなのだが、まずは幼少期から語っていこうと思う。最初ちょっとつまらないかもしれないけれど、最後まで読んで頂けたら幸いです。

~小学校・中学校編~

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幼少期時代

 新潟県中之島町(現在は長岡市に合併)というド田舎で生まれた僕は、父の仕事の都合で小学校までに3度の転校を繰り返した。結局小学校2年生に中之島町に戻ってくるのだが、転校を繰り返したためか小学校以前の記憶があまりない。とにかく好奇心旺盛で、イタヅラばかりする子だったのは覚えている。洗濯機に入ったりしていた。

 三人兄弟で姉と双子の兄がいて、小学校に入るまでは双子の兄とばかり遊んでいた。転校を繰り返していたのであまり地元の交流がなく、家でゲームとかしてたと思う。僕のオタクな性格はもしかしたらここらへんの影響かも。

 本当に庶民の家で、中学校までお小遣いをもらったことがなかった。「100円頂戴」と言ってもくれる事はなく、みんながお菓子やジュースを買っている時、僕だけ家から水筒とおにぎりを持って行ってた。中学生になってもお小遣いは月700円のみで、服ですら買ってもらった記憶がほとんどない。毎日学校のジャージを着て、マンガやゲーム等はお盆や正月などのイベントで親戚からもらったお小遣いを貯めて兄弟でやりくりしてた。(田舎は親戚が多いから結構もらえる)買い食いなんてした事がなかったから、今でもお菓子を買う習慣が僕にはない。ド田舎じゃなかったら絶対に生活出来なかったと思う。

小学校時代

 ド田舎中之島町の小学校に転校してから僕の生活はガラりと変わった。毎日10人以上の友だちと空き地で遊んだりウチでゲームをしたりで、プライベートな時間なんて一切なかった。ド田舎で転校生がいない地域だったので、僕は変わった存在だったのか自然と人が集まるようになった。(双子だったから二人で友だち紹介し合えたってのもあるかも)友だちと何かをする楽しさをこの時に知った。

 小学生になっても好奇心旺盛の性格は変わることなく、グラウンドラインを引く粉を鯉の池にぶちまけたりしていた。未だになんでしたのかがわからん・・・。授業を聞くことができなく、友だちと話ばかりしていて親からは学習障害児と疑いをかけられていた。勉強に必要性を感じたことはなかったし、友だちと話している方が楽しかった。もちろん小学校の先生からは毎日怒られ、先生が家庭訪問なんてこともよくあった。先生に首を掴まれて持ち上げられ、体育館の倉庫に投げつけられた事もあった。ぶん投げられる事なんてしょっちゅうだった。(今じゃ完全に体罰)ドラマのように僕をわかってくれる教師なんていなかったし、教師からしたら「面倒で関わりたくない生徒」だったと思う。けど、毎日怒られても不思議と気にすることもなかった。双子だったので身近に裏切らない最高の悪友がいた事と、子供のイタヅラにどうこう言う親じゃなかった事が幸いして、僕のクズな性格は矯正されずに育まれた。さらに小学校6年生の時に父親が県外に単身赴任をしたため余計に注意する人がいなく、よりクズに磨きがかかっていった。

中学校時代

 みんなで楽しくワイワイしていた小学校時代とは一変し、スクールカーストの時代が到来した。クラスのグループはいくつかに分かれ、上位グループから下位グループまで何グループも存在していた。本当はどこかしらに所属すべきなのかもしれないが、昔から組織というものが嫌いだった僕は全グループの人と仲良くするという荒業を使うはめに。皆と仲良くするのは難しく、苦悩の末過敏性大腸炎になったこともあった。苦しみながらも学んだ皆と仲良くなる方法は、「プライドを捨てること」。いらないプライドは捨て、自分をさらけ出して仲良くなるようになった。人はプライドのない人に対しては壁を作らない。今でもこの時の経験は人と関わる上でとても貴重な武器となっている。

 勉強はというと、相変わらず嫌いで真面目に勉強した事がなかった。自分で言うのも何だが要領は良い方だと思っている。中学校三年生からちょっとだけ塾に通い、塾での勉強だけで模試の5教科合計を360点程まで上げた。また、テストで学年10位以内に入ったら小説を買ってやると父親から言われ、一度だけ定期テストを5日前から勉強した事があった。その時も5教科合計450点以上を取り、学年150人中10位以内に入ることが出来た。しかし、いくら僕が5教科450点以上取ろうが、通知表の評定平均は2だった。(MAXは5)学年で10位以内に入った時も、僕の通知表は学年で110位の友だちよりも低かった。中学生になっても相変わらず僕は落ち着きのない子供で、先生から嫌われていた。

 当時「カンペン」という筆箱が流行っていたのだが、わざわざ通販で頼んで自分だけのものを買った次の日、教師を怒らせてカンペンをボコボコにされた。おまけにハサミを投げつられれて「クズが。」と言われた。

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  先に断っておくと僕は「不良」ではない。ただ、人と合わせる事が出来なかった。だから毎朝遅刻をしたし、授業中でも友だちと話をしたし、授業中でもゲームをしていた。(デジモンとか)誰かに合わせることに価値が見出だせなく、「腰パン」が流行っていた時も歩きづらいという理由で僕だけ「上げパン」をしていた。

 好きなことをしていても特に問題なかった小学校と違い、中学校になって変わったことは成績として現れたこと。教師は容赦なく僕の評定平均を下げた。通知表に1がつくこともザラにあった。内申点はボロボロ。おまけに田舎なので選ぶほど高校もない。教師のせいで、僕は偏差値を10下げて地元のバカ高校に通うことになる。家から近かったためバカ高に通うことに不満はなかったが、自分が「クズ」という事に気がついたのはこの頃だった。明らかに「いたづらっ子」とは違う大人の冷たさがそこにはあった。県内トップの高校に通う姉と、進学校に通う双子の兄と比べられ、親戚にも「クズ」のレッテルを貼られた。ようやくこの頃、自分が底辺の人間なんだと認識した。

 犯罪を犯した訳でもない。人様に迷惑をかけた訳でもない。けれど、自分の思うままに生きるだけで「クズ」呼ばわりされる。成績を下げられる。社会では人に合わせる事が「優秀」であり、「正解」なんだと知った。

さいごに

 本当は書きたいクズ話がところどころにたくさんあるのですが、そこら辺は今後ちょっとづつ書いていきます。今回はあくまで総集編みたいな感じで深掘りをせずに書きました。少し面白さに欠けるかもしれませんが、簡単に僕という人間を知ってもらえたら幸いです。次回は僕のクズ人生に磨きをかける高校生編・自由気ままに生きた大学生編を書きたいと思います。