転職エージェントはぐきの、キャリア逆転ブログ

Fラン大から奇跡の大手WEB広告代理店に新卒入社。今はCreateA合同会社で転職エージェントやってます。日常のこと、就活のこと、キャリアを逆転するための方法などを書いていきます。

上司の「失敗していい」は嘘。失敗なんかしてはいけない。

 脳筋の体育会系が嫌いなゆとり代表のはぐきです。マイペースでクズな僕は、体育会系の熱くて非効率な働き方があまり好きではない。体育会系によく見られる傾向が、熱い言葉を述べて自分に酔いしれること。その言動の数々でもトップクラスに好きじゃない言葉が「失敗していいぞ。俺がケツふくから」。ビジネスマンになるとよく聞くのがこの「失敗していい」。「失敗した分だけ成長できる」。皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。有名企業の社長さんとかも本とかでよく言ってるよね。会社の上司に言われた人も中にはいるかもしれない。僕はこの「失敗していい」という言葉が大嫌い。この考えには責任がないからだ。果たしてこの人達は失敗した人の、何の責任を取り、何を守ってやるつもりなのだろうか。

「失敗」の責任は誰もとってくれない。

 どうせ会社が責任を取る。どうせ上司が責任を取る。と思っている人がたまにいる。責任は会社や上司がとってくれるから、責任を恐れて挑戦しないよりも、失敗してもいいやと思って挑もう。また、「責任は俺が取るからお前は失敗を恐れず挑戦しろ」という先輩や上司もいるかもしれない。この人達はみんな思考が停止している。上司や会社が責任を取れるのは、会社を首にしないというギリギリのラインだけ。

 失敗して社内や社外に謝るのも、失敗してお客様の評価が下がるのも、失敗して社内の評価が下がるのも、失敗して自信を失くすのも、全て自分だ。失敗を舐めちゃいけない。当たり前だが、責任というのは常に自分にある。誰かが守ってくれると思っていると痛い目に合う。失敗はそんな簡単なことではない。大きなリスクだと思って働くべきだ。 

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「失敗していい」は人を成長させない

 「失敗していい」を前提に置いて仕事をしているやつは大抵仕事ができない。なぜならば視野が狭いからだ。全て自分の責任だと思って働いていれば、細かいところまでリスクを考えて働くことができる。しかし、「責任」が自分にない人は与えられた範囲でしか仕事ができない。自分の責任がある範囲内でしか物事が考えられない。また、リスクに対して自分で考えていないため、仮に「失敗」したとしても、何が悪くて何を改善すべきだったのかがわからない。ただ単に経験すれば人は成長する訳ではない。脳筋な体育会系は挑戦すれば人は成長すると思っているから困る。

「失敗」を前提におくならば、それなりの覚悟と責任を持つべき

 もし「失敗」を恐れては挑戦ができない場面に遭遇したならば、その場合は「失敗」を前提に挑戦しても良いと思う。しかし、責任は全て自分にあることを自覚しなければならない。自分に責任があれば、どこまでが挑戦可能な範囲か判断ができるため、リスクヘッジもできるだろう。その覚悟が出来ないようならば、挑戦なんてしてはいけない。その挑戦で痛い目を見るのは結局自分だし、その挑戦は自分を成長させてくれないからだ。

 大事なのは、責任を他者に委ね「失敗」に対して麻痺することではない。責任を自覚し「失敗」を恐れ、それでも挑戦する判断力を持つことだ。

 当たり前だけど、リスクを考えて計画してから挑戦しないと、「失敗」してもPDCAを回せられないよね。

最後に 

 僕は昔から「失敗」が大嫌いだった。「失敗」により失うものの大きさを知っていたからだ。小さい頃から自立心が強く、自分の人生に対して親に関与してほしくなかった。骨折をしても、親に車で送ってもらうのが嫌で、ギブスをはめて松葉杖を担ぎながら自転車で通学をしていた。笑 誰かの犠牲の上で自分の人生が成り立っているのが嫌だった。これが親ではなく友達なら、助けてもらう人脈力も自分の才能だが、親というのは自分の実力で築いた関係ではない。そこに甘んじていたら、僕は一生自立ができないと自覚していた。

 自立には必ず責任がつきまとう。だから、「失敗」したくなかった。毎日先生に怒られていたけれど、その度に怒られない方法を考えていた。中には怒られることに慣れていたやつもいたけど、それは親が責任をとってくれると思っていたからだろう。成績を下げられたら進学ができなくなる。退学にさせられたら、就職に困る。そうしたら自分で生活ができなくなる。大げさだけど、必ず怒られることの自分のリスクをきちんと考えていた。当たり前のことかと思うが、社会に出てみると意外にも責任が自分にない人が多くて驚く。今までは親が責任をとってくれたのだろうか。これからは会社に責任をとってもらうつもりなのだろうか。他人に自分の人生を委ねるなんて、僕は絶対に死んでも嫌だ。